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福岡地方裁判所 昭和60年(ワ)724号 判決

原告

山崎征支朗

被告

福永タクシー株式会社

主文

被告は原告に対し、金一六二万四、〇三二円及びこれに対する昭和五九年二月一〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担、その余を原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告訴訟代理人らは、「被告は原告に対し、金六四四万三、五八〇円及び内金五九四万三、五八〇円に対する昭和五九年二月一〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに仮執行宣言を求め、

被告訴訟代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者の主張

一  請求原因等

1  原告は、昭和五九年二月九日午前一〇時四〇分頃、自動二輪車を運転して、福岡市西区姪浜町一、〇三八―四先路上を進行中、道路左側に停車していた訴外左海善教運転の普通乗用自動車(福岡五五え一二七四)の右側を通過しようとした際、同自動車が急発進のうえ右折して原告車の進路をさえぎつたため、同自動車と衝突し、転倒する、交通事故に遭遇した。

2  被告は、右加害自動車を所有し、運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  本件事故のため原告が被つた損害は次のとおりである。

(1) 治療費 一五四万八、二〇〇円

原告は、本件事故により両膝打撲、頸椎捻挫、腰部打撲、頭部外傷等の傷害を負い、昭和五九年二月九日以降同年六月三日まで鳥越病院に入院し、同月四日以降同病院に通院中であり、その昭和六〇年二月末日までの治療費が一五四万八、二〇〇円である。

(2) 入院雑費 九万二、八〇〇円

一日八〇〇円の一一六日分

(3) 通院交通費 一〇万二、五八〇円

往復バス代四六〇円の二二三日分

(4) 休業損害 二七〇万〇、〇〇〇円

原告は、鉄製品加工業を営み、一ケ月三〇万円の収入を得ていたが、本件事故のため事故当日の昭和五九年二月九日以降九月末日まで休業を余儀なくされ、一〇月以降同年一二月末までも事故前の三〇パーセント程度しか稼働できず、合計二七〇万円の休業損害を被つた。

(三〇万円の七ケ月分二一〇万円、二〇万円の三ケ月分六〇万円、合計二七〇万円)

(5) 慰藉料 一五〇万〇、〇〇〇円

本件については、加害自動車の運転者である左海善教の過失が重大、事故等の被告の対応等も悪質であつて、通常の場合を大幅に上回る金額が相当であり、原告の受傷治療の間、その営業が事実上継続不能になつた事情も斟酌されるべく、慰藉料額は四〇〇万円が妥当である。

(6) 弁護士費用 五〇万〇、〇〇〇円

4  よつて、原告は被告に対し、右損害金合計六四四万三、五八〇円及び内金五九四万三、五八〇円に対する本件不法行為の翌日である昭和五九年二月一〇日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5  後記二、答弁並びに主張3の免責の抗弁事実は争う。

(1) 被告は、左海善教運転の普通乗用自動車が右折のため本件事故現場である交差点の直前で、中央線より〇・五メートルの間隔を置いて一旦停車したと主張しているが、誤りであり、同車は、右交差点の直前、進行方向左側の路側帯にかかる状態で停車していたものである。

原告は、右左海善教運転車の後方から同車の停車位置を正確に目撃していたうえ、若し右左海善教運転車が被告主張の位置に停車していたとすれば、偶々、工事のため対向車線が狭くなつていたから、その位置では被告主張の大型対向車を遣り過ごすことが困難であり、原告もまた、左海善教運転車の右側に出ることなく、その左側を安全に追い抜くことができた筈である。

(2) 本件事故の発生については、加害車両の運転者である左海善教の側に、(イ)、交差点内及び交差点の側端から五メートル以内の駐停車禁止部分に停車した点、(ロ)、右折の場合、予めできる限り道路の中央に寄らねばならないのに、そのような進行方法をとらず、且つ道路の左端に停車した点、(ハ)、右折の場合、手前三〇メートルの地点から右折の合図をしなければならないのに、交差点の側端数メートルの停車位置で初めて右合図をし、且つ、いきなり右折を開始した点、(ニ)、右折に際し、中央線への幅寄せが十分でないのに、併進車、後続車の有無等後方の安全確認を怠つた点等の各過失がある。

なお、原告の方にも、交差点内で追越しをしようとした落度があるが、それも、左海善教運転車が交差点の左端で停車していたため、その左側の通過が困難であつたことや、同車の右折の合図を発進のためのものと判断したり、左端で停車中の車両がいきなり右折することはないと信頼した、という事情があつたからである。

結局、本件事故は、左海善教の過失に起因するものであり、原告に過失はないと思料するが、仮に原告に過失があるとしても、そのため直ちに被告側の過失が否定されることにはならない。

6  後記二、答弁並びに主張4の示談の抗弁事実は争う。

原告は、本件事故で入院中、被告の事故係りから病院に押しかけられ、車椅子で面談に応じた際、示談を強要されるなど、被告側の常識を逸脱した行為に接したが、退院するまでは示談をしない旨明確に告知していた。

被告主張の示談書は、被告の事故係らが、原告の義弟を脅迫し、示談の権限がないという同人を強要して、原告名義で一方的に作成せしめたものに過ぎず、その効力が原告に及ぶものではない。

原告が本件事故について、一〇万円程度の示談金で示談に応ずる筈はなく、入院先の病院事務室で原告自身が右示談の内容を承諾した旨の被告側の説明は虚偽であり、原告が右示談書を見たのも、被告主張の昭和五九年二月一六日から二週間以上ものちのことである。

被告主張の一〇万円の小切手が原告の預金口座に入金されているのは、原告の妻がどうしてよいかわからず、とりあえず入金したものであるが、原告は、後日そのことを知つて、右金額を被告に返送しており、原告が右示談書の内容を承認したり、追認したりしたことはない。

二  答弁並びに主張

1  請求原因等1のうち、原告主張の日時場所で交通事故が発生したことは認めるが、事故の態様、並びに左海善教の運転車が加害車両であり、原告が被害者であるとの点は否認する。

2  同2、3は争う。

3  本件事故は、追越し禁止義務違反、特に交差点内での追越し禁止義務違反、前方車両の動静注視義務違反、自動二輪車の左側寄り通行義務違反等、原告の一方的な過失により発生したものであり、被告に損害賠償の責任はない。

(1) 本件事故現場は、信号機の設置されていない交差点であり、左海善教が運転していた普通乗用自動車は被告のタクシー営業車であるが、本件事故当時左海善教は、右交差点の手前約三〇メートルの付近から右折の合図をしつつ、偶々、工事のため対向車線が狭くなつていたのと、遣り過ごすべき対向車が大型車であつたため、交差点の直前で中央線との間に〇・五メートル程度の間隔を置いて一旦停車し、右大型車の動静を見極めたうえ、その前面で発進し、右折を始めたものであつて、同人に過失はない。

(2) 原告は、右被告のタクシーが交差点の直前で乗客を降ろすため道路の左側に停車したと思い、同タクシーの右折の合図を発進のための右側方向指示の合図と思つた旨述べているが、当時、被告のタクシーは空車であり、客を乗降させたりしておらず、一旦停車の際、左側方向指示の合図をしたこともなければ、道路左側によつたこともないのであつて、右原告の認識は、状況の判断を誤つているものである。

(3) そして、仮に、原告に右状況判断の誤りがあつたとしても、本件事故現場は、交差点、且つ、はみ出し追越しを禁止されているところであつたから、原告が中央線を越えて対向車線に出なければならないような追越しを控えるか、交差点内での追越し禁止を遵守するか、或いは、そもそも自動二輪車の運転者として道路の左側寄り通行義務を遵守するかさえしておれば、本件事故の発生には至らなかつた。

(4) なお、原告は、被告のタクシーが右交差点の直前で停車中に、同車の右側方向指示の合図に気付いたとしても、その時未だ同タクシーの二、三〇メートルないし五〇メートル位手前にいたのであるから、無理な追越しをすることなく、被告のタクシーの右折を待つて、その後方を進行すべきであつた。

4  被告は、本件事故につき、原告の義弟である訴外田中義人の申出に基づいて、昭和五九年二月一六日原告との間で、被告が原告に対し、一〇万円と同年三月八日までの一ケ月分の治療費のうち保険で支払われない部分が生じた場合にその分を支払う旨の合意をし、即日被告振出の一〇万円の小切手を右田中義人に交付した。

その後、原告は被告に対し、同年三月二七日付内容証明郵便で右示談に異議を述べ、現金一〇万円を返送してきているが、右一〇万円の小切手は、同年二月二二日頃原告の妻によつて原告の預金口座に入金され、現金化されており、原告も妻を通じて右示談や一〇万円授受の事実を知り、当初納得していたものである。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

昭和五九年二月九日午前一〇時四〇分頃、福岡市西区姪浜町一〇三八―四先路上で、左海善教運転の普通乗用自動車(福岡五五え一二七四)と原告運転の自動二輪車が衝突する交通事故が発生したこと自体は、当事者間に争いがない。

原告は、被告が右左海善教運転の事故車の運行供用者であり、自賠法三条に基づき原告の被つた損害の賠償をすべき義務がある旨主張し、被告は、右原告の主張を争つたうえ、本件事故が原告の一方的な過失によつて発生したものであつて、運転者である左海善教に過失がなかつた旨、同条但書の免責の主張をする。

そこで、以下、まず右争点について判断するに、成立に争いがない甲三四号証ないし三六号証、同四四号証(但し、後記措信しない部分を除く。)、乙二号証の二、三、原告本人尋問の結果(第二回)により成立を認める甲二三号証、同四三号証(但し、後記措信しない部分を除く。)、弁論の全趣旨により成立を認める乙九、一〇号証、証人左海善教の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回、但し後記措信しない部分を除く。)を総合すると、次の事実を認めることができる。

すなわち、右左海善教運転の事故車は、被告のタクシー営業車であり、本件事故当時、左海善教は被告の従業員として、右タクシーを運転していたこと、

本件事故現場は、福岡市西区福重方面から姪浜駅方面に向け略々南北に通ずる市道の同区姪浜町一、〇三八―四新出光石油ガソリンスタンド前、信号機の設置されていない交差点であり、西側から大町団地に通ずる道路が交差し、東側から幅員の狭い未舗装の砂利道が交差している場所であること、

本件事故当時、左海善教と原告は、共に、右南北に通ずる市道を姪浜駅方向から南進し事故交差点にさしかかつているところ、右市道は、中央部分に幅員二・八メートルずつの上下各一車線の車道(車道部分の総幅員五・六メートル)があり、車道の東側白線の外に幅約一メートルの路側帯、西側に幅約二・八メートルの歩道が設けられていること、

更に、右市道には、中央線による追越しのため右側部分はみだし禁止の規制と、最高速度毎時四〇キロメートルの速度規制があり、また、本件事故当時、偶々、右交差点の南側歩道部分が工事中のため、その部分の車道が幅員二・三メートル程度に狭められており、その本件事故現場の状況が略々別紙見取図記載ののとおりであること、

本件事故当時、原告は、幅約〇・七メートルの自動二輪車(福岡市西か二八〇七)を運転して、姪浜方向から右市道の事故交差点を直進するべく、前方を行く左海善教運転のタクシーの後方数拾メートルを追随しており、一方、右左海善教のタクシーの幅は約一・六四メートルであつて、同人は、右交差点を大町団地方面に右折しようとしていたこと、

そして、左海善教は、右交差点の手前二、三〇メートルのあたり(別紙見取図〈1〉点)から右折の合図をしたが、本来予めできる限り中央線側に寄るべきところ、丁度同交差点を直進する大型の対向車があり、前示対向車線の狭まつている箇所があつた関係で同対向車を遣り過ごすため、同車に道を譲る趣旨で中央線との間に間隔を置いて一旦停車したこと、

左海善教は、右停車後対向車の動静を確めたうえ、同車の前面で右折するべく、後方から接近してきている原告車に気付かないまま、右停車位置を発進し、そのまま右折して交差点内に進入したが、右折によつて後続の原告車の進路を妨げる形になり、中央線を超え右側に〇・八メートルの地点で、自車の右後部フエンダーに原告車を接触、転倒させたこと、

原告は、時速四〇キロメートル前後の速度で左海善教のタクシーに追随中、同タクシーが事故交差点の手前で、逆に中央線との間に間隔を置くように動いて停車したため、乗客を降ろすべく停車したものと思い、同タクシーの右側方向指示の合図も発進のためのものと考えて、その中央線との間を追い抜こうとし、減速しつつ右側に出たが、タクシーの発進、右折開始により進路を塞がれ、当初左手でタクシーの屋根部分を受けたものの及ばず、前示のとおり接触、転倒したこと

以上の各事実を認めることができ、なお、左海善教が本件事故交差点の手前で停車した位置について、甲四三、四四号証、及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、それが道路の左側端であつたというのであるが、証人左海善教の証言によると、当時同人のタクシーは空車であつて、本件事故現場で乗客を乗降させた事実のないことが認められる。

してみると、右折しようとする同タクシーが交差点の手前で無目的に道路左側端に停車したとみるのは不自然といわなければならず、このように原告の観察が必ずしも正確でないことや、原告本人尋問の結果中、同タクシーの停車時に左側方向指示の合図があつたとまでは述べられていないこと等も併せ考え、この点に関する右甲四三、四四号証及び原告本人尋問の結果部分は、そのまま措信することができない。

もつとも、前記乙二号証の二、三、証人左海善教の証言によると、右タクシーの停車位置は中央線から〇・五メートル間隔を置いた地点であるとされているが、この点に関しても、事故当日の警察官による実況見分が原告の救急車による入院後、原告の立会なく行われていること、原告が対向車のある状態で、右間隔の間の追抜きを試みていること、その他右甲四三、四四号証、原告本人尋問の結果等を考慮にいれ、疑問の余地があるということができ、結局、右間隔は、少なくとも〇・五メートル以上であつて、幅〇・七メートルの原告車が通過できる程度のものであつたと認めるのが相当である。

右認定した事実によると、被告は、左海善教運転の事故車の運行供用者であり、同車の運行時に発生した本件事故につき自賠法三条の損害賠償責任を負うところ、本件事故の発生については、原告の側に、交差点での追越し、前方車の動静注視不全等いくつかの過失があり、右認定の具体的な条件のもとで、左海善教の右折方法自体にも、特に違法な点はないということができようが、偶々、中央線との間に間隔を置く等、通常の右折方法によらなかつた場合、その間隔の幅次第で後続車両の進行も考えられなくはないから、自ら右折を開始するに際しては、右後方の安全を確めるべき注意義務があつたと解するのが相当である。

従つて、本件事故の発生について、左海善教に全く過失がなかつたとはいえず、前記被告の免責の抗弁事実は、この点で採用することができない。

そこで、次に、本件事故による原告の損害額について判断するに、成立に争いがない甲二号証ないし一九号証、同二九号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲二〇号証、同二一号証の一ないし四、原告本人尋問の結果(第一回)、弁論の全趣旨によると、

原告は、昭和一五年一〇月二日生まれ、当時四三歳の男性であり、本件事故のため両膝打撲、頸椎捻挫、腰部打撲、頭部外傷等の傷害を負い、事故当日の昭和五九年二月九日以降同年六月三日までの一一六日間、福岡市西区下山門一、〇八二所在の鳥越病院に入院して治療をうけ、退院後も引き続き同病院で通院治療をうけ、その昭和六〇年二月二八日(昭和六〇年一二月三一日治療打切り)までの実通院日数が二二三日であること、

(1)  右鳥越病院に入院の昭和五九年六月三日までの治療費が合計一〇二万〇、六七〇円、その後昭和六〇年二月二八日まで二二三日間の通院治療費(但し、本件事故外の疾病治療分四、二五五点を除き、本件事故による傷害治療分合計五二、一五三点の関係のみ)が合計五二万七、五三〇円(右入院通院関係の総合計一五四万八、二〇〇円)であるところ、原告が国民健康保険によつて右診療をうけたため、右入院治療費中の七〇万八、〇二九円と通院治療費中の三六万五、〇七〇円が同保険の保険者から既に支払済みであり、原告の自己負担分が右入院治療費の関係で三一万二、六四一円、通院治療費の関係で一六万二、四六〇円、合計四七万五、一〇一円であること、

(2)  右鳥越病院に入院中の入院雑費が一日平均八〇〇円程度、一一六日分で合計九万二、八〇〇円であること、

(3)  同病院への通院交通費が一日往復バス代四六〇円、右二二三日分で合計一〇万二、五八〇円であること、(但し、(2)の入院雑費と(3)の通院交通費については、直接的な証拠がないけれども弁論の全趣旨によつて認める。)

(4)  原告は、本件事故当時鉄製品加工業を自営し、事故前の昭和五八年一月以降一二月までの一年間の売上高合計六五一万一、〇〇〇円余、経費合計三〇三万七、〇〇〇円余、差引き約三四七万四、〇〇〇円、月平均二八万九、五〇〇円程度の収入を得ていたものであるが、全くの個人企業のため、本件事故の傷害治療による昭和五九年二月九日以降六月三日までの入院期間を含む約三ケ月間右月収の全額を失い、その後前記昭和六〇年二月頃まで約九ケ月の通院期間中、平均二割程度の減収になつたと推計できること、

従つて、本件事故による休業損害が右前三ケ月分八六万八、五〇〇円(289,500×3=868,500)、後九ケ月分五二万一、一〇〇円(289,500×0.2×9=521,100)、合計一三八万九、六〇〇円であること、

以上のように認定することができる。

そうすると、右原告の損害は、(1)治療費、国民健康保険による受診料の自己負担分合計四七万五、一〇一円、(2)入院雑費九万二八〇〇円、(3)通院交通費一〇万二、五八〇円、(4)休業損害一三八万九、六〇〇円、合計二〇六万〇、〇八一円であるが、前示認定した本件事故当時の状況によれば、本件事故の発生については、交差点での追越し、前方車の注視不全等、むしろ原告の方により大きな過失があつたといわなければならず、その過失割合を被告車四対原告車六と認めるのが相当であるので、右原告側の過失を斟酌したうえ、右損害のうち被告の負担すべき額は八二万四、〇三二円(2,060,081×0.14=824,032)である。

また、(5)、本件事故に関する原告の慰藉料額については、前示傷害の内容、入通院の期間、右過失割合、その他本件に表われた一切の事情を総合し、五〇万円をもつて相当と認めるべく、(6)、原告の負担する弁護士費用についても、後記認容額等を考慮してうち三〇万円を原告に帰せしめる通常損害として認めることとする。

次に、被告の示談の抗弁事実について判断するに、乙三号証の一、二は、被告主張の合意内容が記載されている昭和五九年二月一六日付示談書(原告名義の記名がある。)、同号証の二は、原告名義の同日付一〇万円の領収書、同五号証の一は被告主張の被告振出、金額一〇万円の小切手、同号証の二はその裏面であつて、原告名義の記名があるものであるが、原告は右各書証全部の成立を否認し、或いは争つていることが認められる。

しかるところ、前記甲四四号証、成立に争いがない甲三二号証、原告本人尋問の結果(第二回)により成立を認める同三三号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙六号証、証人左海善教(後記措信しない部分を除く。)、同森(前同)の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)、弁論の全趣旨を総合すると、

被告では、業務担当の森が本件事故の事後処理を担当し、かねて被告車側に事故についての落度がないとの方針で臨み、原告の義弟である田中義人を通じ原告との示談を急いでいた(当時左海善教が個人タクシーの申請をしていた。)こと、

そして、昭和五九年二月一六日原告の入院先である鳥越病院の事務室で、原告と妻、及び妻の弟田中義人、被告側の森と左海善教らが、同病院の事務長松尾勝弘を交え、原告の診療費の扱いにつき協議をした機会に、右森から車椅子に乗つて出席していた原告に示談の申入れをしたが、その際、原告は未だ示談をする気持ちがない旨明確に返答したこと、

ところが、森は、右病院事務室で事務長や原告夫婦らの退室後、右田中義人を相手に示談の交渉を続け、更に、同日同人を被告事務所に同道したうえ、被告職員の清水某ともども、半ば強要的に同人に前記原告名義の示談書を作成せしめ、且つ、その場で被告振出の一〇万円の小切手を交付すると共に、前記原告名義の領収書を作成、差入れさせたこと、

その後、右小切手は、田中義人から原告の妻に渡されたのち、妻の手によつて換金されており、また、右示談の話も、後日原告に知らされているが、原告は、田中義人に被告との交渉を委任したことがなく、右示談の権限を与えていたわけでもなかつたところ、同年三月下旬頃内容証明郵便で被告と左海善教宛に、示談をした事実がない旨を通告し、且つその頃右一〇万円も返送したこと、

以上の事実関係を認めることができ、証人左海善教、同森の各証中、昭和五九年二月一六日右病院事務室での協議の際、原告が被告主張の示談に合意したとの部分、及び前記乙三号証の一の示談書が右事務室の原告の居合せるなかで作成されとの部分は、右認定の経緯に照らし、いずれも措信することができない。

右のとおり、被告主張の示談書である乙三号証の一の原告名義部分は、原告の義弟田中義人によつて無権限で作成されたものと認めるべく、その成立を認定し得ないといわなければならず、そのほか右証人森、同左海善教らの証言部分を除き、他にこの点に関する被告の主張事実を認めるに足る証拠は存しない。

よつて、原告の本訴請求は、前記治療費、入院雑費、通院交通費、休業損害のうちの八二万四、〇三二円、慰藉料五〇万円、弁護士費用三〇万円、合計一六二万四、〇三二円及びこれに対する本件事故後の昭和五九年二月一〇日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、右部分の請求を認容すべく、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和)

別紙見取図

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